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同世代の私が引退したイチロー選手への思い出

コラム

イチロー選手が引退会見を開いて早2週間。

残念という思いもありますけど、長きにわたりご苦労様でしたという思いの方が強いかな。

国民的スーパースターのイチロー選手には、人それぞれ思いもあるとは思いますが、少し私の中で印象に残ってることを残しておきたいと思ってます。

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「お、イチロー」「誰それ」

イチロー選手が日本のプロ野球で活躍しだしたのは、私が大学2年の頃だったと思うので1994年のシーズンだったと思います。

同級生同士がアパートに集まって野球を見ていたときに一言。

お、イチローじゃん!!

ちょうど得点のチャンスだったと思うのですけど、友人の一人がえらく興奮していたように記憶してます。

小学校のころにはプロ野球に興味深々だった私でしたが、その当時にはあまり興味もなく、耳慣れない選手の名前に、誰それ?という反応でした。

当時はほとんどの選手が名字で登録されていて、名前で登録していた選手がいなかった時代でしたから、そのひと時の会話でイチローという選手の名前を一瞬で覚えました。

その翌年95年の阪神淡路大震災の年、がんばろう神戸のキャッチフレーズのもと、イチローが所属していたオリックスは見事に優勝したときの会見は有名です。

大坂なおみ選手同様車をプレゼントされたイチロー選手

最近ではテニスプレーヤーの大坂なおみ選手が日産のGT-Rをプレゼントされたニュースをご存知の方は多いと思いますが、96年にはイチロー選手も日産からシーマをプレゼントされてるんですよね。

契約更新でシーマ買います

ちょっとこの時期は覚えがあいまいなのですけど、契約更新の際に大幅にアップした年棒で何買いますか?という質問に「シーマを買います」と返答してたように思います。

その後日産から活躍をシーマがプレゼントされ、そのあとしばらくイチローがテレビCMにも出演してたように記憶してます。

そして印象的なのが翌年の契約更新の時の記者会見

日産からシーマを送られた翌年の会見

アップした年棒で何を買いますか?という質問に

「洗車道具を買います」

マスコミも日産からシーマをプレゼントされたのを知ってますから、この返答だったのだと思いますけど、この会見ですごく好きになりました。

メジャーへ挑戦の時、評論家は冷たかった

野手としてのメジャー挑戦には冷たかった
野手としてのメジャー挑戦に評価は冷たかった

当時メジャーへ渡った選手というと投手がほとんどでした。

野手でメジャーに渡ったのは最近の野球界ではイチローが一番最初だったと思いますが、当時野球評論家なんかは、「ピッチャーと違い、野手は毎日出場しないといけないから、難しいのではないか」と言われてました。

まあ、その後の活躍は皆さんのご存知の通りです。

まとめ

長くメジャーでも活躍されたイチロー選手ですが、イチロー選手自体は今後日本野球界で監督をしたりすること自体は否定しているようです。

個人的な思いとしては、イチロー選手には特定の球団で監督やコーチをするのではなく、子供たちに野球を教えて回るような、野球少年たちの夢を後押ししてやれるような存在になってほしいと思います。

スーパースター、イチローお疲れさまでした。

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